【概念】
本骨折には,病的骨折を除けば強力な外力が加わってのみ生じる。
【頻度】
Ⅰ.強力な外力によるもの
・通常は青壮年や小児の交通事故や,高所からの転落などに伴う高エネルギー損傷が多い。
Ⅱ.病的骨折
・老人性骨粗鬆症によるものが多い
・転子下骨折では転移性骨腫瘍がよくみられる
・人工骨頭のステム先端での応力と骨の侵食が骨折の原因となることがある
【分類】
Ⅰ.AO分類
わが国では青柳の分類がよく使用されてきたが,近年は国際的にも AO 分類(図25-4[図])の使用頻度が高い。
Ⅱ.その他の分類
・上1/3分画の骨折(図中1)
転子下骨折(図中6)や頚部骨折も含まれる
・上中1/3分画の境界部の骨折(図中2)
・中1/3分画の骨折(図中3)
・中下1/3分画境界部の骨折(図中4)
・下1/3分画の骨折(図中5)
顆上骨折(図中7)や顆間骨折(図中8)も含まれる
【臨床症状と病態】
著明な大腿部の疼痛,腫脹,圧痛,変形を認めるので,診断はそれ程難しく
はないが,貧血や出血性ショックなどには注意を要する。一般に本骨折の局所
出血量は 1,000 ~ 1,200 ml 以上とみるべきで,特に主要内臓器損傷や骨盤骨
折を合併している場合は,まず第一に全身状態への観察と治療を優先させて行
うべきであることはいうまでもない。また骨折に伴う脂肪塞栓症や成人呼吸促
迫症候群(ARDS)などの合併症もみられることがあるので念頭におくべきで
ある。
【問診で聞くべきこと】
受傷機転は他部位の損傷を含め参考になるので聴取すべきである。
【必要な検査とその所見】
単純 X 線写真正面像および側面像は不可欠である。
【診断のポイント】
本骨折の診断は容易であるが,膝関節靱帯損傷を合併することもあるので,
膝関節血腫を認める場合は注意を要する。ただし,これらはなんらかの症状が
遺残した場合のみ二次的に手術しても遅くはない。また股関節後方脱臼や大腿
骨頚部骨折もまれに合併するので念頭におくべきである。
【治療方針】
本骨折に対する保存療法は周囲の強力な筋力により整復,固定の保持が困難
であるため,手術的療法を第一に考えるべきである。
Ⅰ.保存療法
[1] 鋼線牽引
患肢をブラウン架台に載せ,特に二次的手術を予定する場合は脛骨中枢部よ
り行う。そうでない場合は大腿骨下端から行ってもよい。
[2] ギプス,装具
元来はspicaキャストが用いられてきたが,膝関節の拘縮を少しでも軽減す
る目的で整復位を得ながら鋼線牽引を 6~8 週施行し,X 線写真上仮骨が少し
出現した時点でSarmientoらの述べた膝関節部にジョイントをつけたファンク
ショナルブレースを装着して後療法を行うことを勧める。
Ⅱ.手術療法
[1] 創外固定法
重度の開放創(GustiloのtypeⅢ),特に一次的創閉鎖が不能な開放骨折の
場合には本法の適応がある。創外固定器としてはWagner,Orthofix,
Ilisarovなどの報告がある。ただし,本骨折に対しては骨癒合を得るまでに長
期間を要するうえ,軟部組織が厚く周囲から強力な筋力が加わる部位であるの
で整復位を保持し続けることが困難である。したがって,創の閉鎖が得られ感
染も鎮静化すれば髄内釘固定を行うべきで,それまでの一時的な固定に止める
べきと考える。
[2] プレート
現在骨幹部へは髄内釘固定術後の変形治癒に対する矯正骨切り術など以外に
はあまり使用されていない。施行する場合は可能な限り骨膜などの軟部組織の
温存と,第3骨片に至るまで極めて良好な整復位を得るように行うべきで,そ
のため手技は非常に複雑となる。
[3] 髄内釘
<1>Kuentscher法:現在も大腿骨骨幹部中 1/3 の横骨折または短斜骨折
(AO 分類 A 型)に対して,特に髄腔の狭い若年者で適応があると考える(図
25-5[図])。牽引手術台を使用して X 線透視下に閉鎖性手技で行えば骨癒合
も良好に得られる。
<2>Ender法:骨折部位に応じて大腿顆上内外側部または大転子部,大転子下部の4箇所からできるだけ骨折部の遠位より3本以上Enderピンを閉鎖性に打ち込み固定する(図25-6[図])。本法は手術器材の準備が容易なうえリーミングを要さないため手術侵襲が少なく骨髄血行も損なわず,また固定性が弾力性であるため術後早期から大量の仮骨形成とともに癒合に至る。したがって主骨片同士を固定できれば,その他の骨片を無理に整復しなくても間隙は架橋性仮骨により治癒する。
<3>横止め髄内釘法:円筒,AO,Ace型など各種の本髄内釘が市販されている(図25-7[図])。原則として閉鎖性手技で施行することはいうまでもない。骨折部位によって横止めスクリューの刺入位置を適宜選択して行うことができる。またときとして骨癒合が遷延した場合は,遠位のスクリューを抜去してダイナミゼーションをかけることもある。近年リーミングを要さない型の釘も発売されているが,本骨折に対しては閉鎖性に施行することが手技的に難しい。
【合併症と予後】
固定力が不足すると遷延治癒や偽関節を来すことがあり,開放骨折例やプレ
ート固定など手術的に骨折部を展開した場合には,特に注意を要する。また閉
鎖性髄内釘法を行う際には,特に回旋変形に留意して施行する必要がある。
【後療法のポイント】
手術時骨折部を展開した場合や開放骨折例では,X線上仮骨が出現するまで
荷重は慎重に進めたほうがよい。
◆ 髄内釘手術時のトラブル
(神経麻痺と会陰部の圧迫損傷)
長時間足部から靴による牽引を持続した場合に起こる合併症。
(釘打ち込みによる骨折、骨破壊)
髄内釘が骨折部を通過するさいに、遠位骨折端に髄内釘がくい込むこともある
ので注意。
(変形の発生)
骨髄腔拡大部の骨折をガイドワイヤを用いて髄内固定した時に生じる問題であ
るが、ガイドワイヤが内顆あるいは外顆に刺入されている場合、骨折部に外反
あるいは内反変形をきたし、膝の疼痛や機能障害の原因となる。
(横止めねじのトラブル)
刺入後透視で確認しておかないと、横止めねじ内釘の横を滑ったまま設置され
ていることがあるので、確認を怠ってはならない。
◆ 病的骨折に対する骨接合法
① 転移性腫瘍多発性に転移があるもので、余命数ヶ月のものは腫瘍を切除するこ
となく、そのままで髄内釘ねじ横止め法で固定する。単発で余命が長いと判断
される場合は、病巣を切除して骨セメントと金属メッシュなどで補填し、髄内
釘で固定する方法がよい。
② 原発性良性腫瘍病巣を切除して病巣の小さいものでは自家骨、大きい場合に
は同種骨移植で修復して、プレートまたは髄内釘で固定する。
③ 骨形成不全症骨の彎曲の程度に応じて手術法は異なるが、変形の強くない例
における骨折はそのまま髄内釘で固定。彎曲の強い例では、数箇所で節状骨切
りを加えてアライメントを修復し、髄内釘で固定する。
◆ 人工関節置換術後の骨折における治療法
①スラム周囲の大腿骨骨折の分類
人工股関節ステム周囲の骨折は老人に好発し、螺旋骨折や斜骨折、横骨折な
どが多い。johanssonの分類が最も用いられている。これはステム先端と骨折
レベルによって3型に分かれる。(図18)
②治療法
高齢者ではステムのゆるみを伴い、母床の骨も萎縮、皮薄化していること
が多い。
高齢者の本骨折を牽引療法やhip spicaで保存的に治療すると、無気肺、
肺炎などの呼吸器合併症、深部静脈血栓症、辱蒼、老人性痴呆などの合併症
を発生あるいは憎悪させることがある。局所的には膝関節拘縮、偽関節、変
形癒合をきたすことがあるので、観血的に治療することが望ましい。
理学療法
1日:四頭筋の等尺性運動開始
右足関節の自動運動(下腿三頭筋に対する筋パンピング)開始
CPM訓練開始
四頭筋の等尺性運動開始
右足関節の自動運動(下腿三頭筋に対する筋パンピング)
-麻痺の有無の確認になり、足背の浮腫の防止にも重要である
CPM訓練
・無痛性に他動的関節可動域訓練が行われる
5日:ベッドの端での端坐位練習
股、膝関節の自動介助運動開始
Suspension therapy開始
夜間はソフト・ブラウン架台上
自動介助運動
端坐位練習
膝関節の自動屈伸も行う
Suspension therapy
10日~2週:10~20kg荷重歩行開始
荷重量の計測
両松葉杖歩行
・平行棒につかまり、体重計を両足の下に
・指定された荷重量だけの荷重を許可し歩行する
・患側の荷重量を患者に体得させる
3~4週:骨癒合の進行と、臨床症状により一本杖歩行へ移行
重労働およびスポーツはさらに3ヵ月間禁止
片松葉杖歩行
・健側に松葉杖をつき歩行する
*荷重量は骨折型、その固定性の良否により術者が決定する。粉砕骨折ではfunctiona1 brace(quadri1atera1 weight bearing socket付き)を装着させ荷重歩行をさせることもある
◆物理療法
必要に応じた物理療法が選択されるべきであり、それぞれの適応・禁忌を考慮して行う。熱感や腫脹を生じている場合があるが、その場合アイスパックなど冷療法を用いる。プレート固定の場合、術創部周辺の筋が硬く緊張している場合が多い。この場合は、温熱と干渉波やSSPなど低周波の併用やマッサージが有効である。
◆ 参考文献・資料
・細田多穂、柳沢健:理学療法ハンドブック・ケーススタディ 協同医書出版
社 1994 東京 p.53~57
・石川斎、武富由雄:図解 理学療法技術ガイド 理学療法臨床の場で必ず役に
立つ実践のすべて第2版 文光堂 2001 東京 p.799~803
・細田多穂、柳沢健:理学療法ハンドブック 改定第2版 協同医書出版社
1994東京 p.595~634
・寺山和雄、辻陽雄:標準整形外科学 第7版 医学書院 2001 東京p.656~659